LHCの13TeVでの運転と奇怪な前言文物につき扱った先発記事の補足

 ここ当記事にあっては

LHCの13から14のTeV領域への移行と奇怪な従前言及につき(クリックすることで遷移)

との先月、当ブログ上にて書き記したとの記事 (「多少」、というより、「かなり」込み入っての話をなしているとの記事) の内容を補うために記したとのものとなる。 

 従って、上にて言及の、

[LHCの13から14のTeV領域への移行と奇怪な従前言及につき]

との記事、その込み入った内容をきちんと検討した向きでなければ当記事の内容につき多く理解及ばないとのことになりかねないこと、事前に断っておく。

(それでは以下、記事内容に入るとして)

 当記事は上にて挙げた記事 ――[LHCの13から14のTeV領域への移行と奇怪な従前言及につき]―― にて書き記したところとほぼ同文のことをダイレクトに訴求していた相手より質問なされたこと、そして、自身が付記すべきと考えたことにについていくつか[補足]なそうとのものである

 その補足内容は以下の四点となる。


 補足しておきたきことの第一 。 ブラックホール生成可能性がここ十数年の間にて (際立っての理論展開を見たとの関係上) 取り上げられるに至った加速器実験(具体的に述べればLHC実験)ではあるが、筆者が実験に関係する向きらより意見聴取試みた中で得た知見として、

[ ブラックホール生成についてはLHC実験が進捗を見た段階、漸次的に出力を高めながら運転される中で進捗を見た段階でのデータ解析が進む中でそも、その生成の可能性自体が否定的に見られるとのことになっていることである。ブラックホール生成がなされた上でそれが安全なものであるか否か云々以前に、そも、ブラックホール生成それ自体が否定的に見られるようになってきているとのことがある。そして、それは実験に携わる関係者の間にあってメインとなっている見方である ]

との話を聴いている ―いいだろうか.「聞いて」いる、ではなく、「聴いて」いる、である― とのことがある (:もし仮に自分自身の手と足と頭で物事の是非・裏を探るとの取材活動をなしている記者の類がいたとしたのならば、同文のことを国内「理論」物理学者らなぞから ――それが真に実情・実態を反映した話かどうかは置き―― 言い含められている可能性もあることか、とは見ている (そして、LHC問題は終わったことと楽観的に看做しているかもしれない)。 につき、 [国内マス・メディア] はLHC実験に関する報道を (同実験が海外で物議を醸していた折からして) ろくすっぱなしてこなかったとのこと、国会図書館での経年報道動向精査などからして筆者は把握しているのだが、そうしたこと、[川下での情報流布]の問題ではなくここでは取材による [情報取得意欲の有無] に関する話をなしている ――※そも、一部国内マス・メディア(具体名は挙げないが、誰もが知る紙媒体メディア)に関しては滑稽なことに英文のCERNサイド発表文書をきちんと読んでいればこのような間違いは出てこないだろうといった [基本的誤謬] を含む過てる認識に依拠しての偏向報道もなしているとのことさえあり (取り上げ頻度が低く、取り上げの重み付けも低く、かつ、一部取り上げの仕方が誤りを含むといったかたちともなっている)、  といった側面からして ( [役割] に忠実なだけであったからなのかもしれないが) 筆者なぞはマス・メディアの相応の人種らやりようには何ら希望的予断などなしていないのだが、それは置く―― )。

 表記の記事では以上、話を聴いているとのこと ―― [ブラックホール生成を見た場合にての安全性問題] (安全性問題との観点で述べれば、従前より「即時に蒸発する」、ないし、「成長に天文学的時間を要する」との [検出器上にてかろうじてその生成足跡が見て取れるにすなぎい科学知見深化に資するブラックホール] 生成しかなされないと強調されてきたとの経緯がある。 それについては当ブログ程度のものの従前記事でも研究機関発表文書の該当文言のみに依拠しての解説をなしている) 以前に [昨今ではブラックホール生成可能性それ自体が否定的に見られ出している]との話を聴いているとのこと―― につき、 (話を直に聴いたとの向きらの名前をこの程度の媒体で挙げるのも差し控えたかったので、代わって)リサ・ランドールの書籍に見るそうした論調のことを引き合いにして、関係者意中のことを問題視していたとのことがある (当記事が補足の対象としている直前の記事ではブラックホール生成問題それ自体にも関わる余剰次元理論の大家リサ・ランドール曰くのこととして 「最早実験にてブラックホールが生成される可能性も否定的に見られだしている」 とのことであるとのことを(特定書籍よりの原著および訳書よりの抜粋とのかたちで)取り上げていたとのことがある)。
 だが、それにつき、

「 ブラックホール生成可能性自体が否定的に見られ出している、これ主色をなすといった按配にて実験関係者らに否定的に見られだしていると実験に関わる人間に (それが果たして本当に実態を反映しているかどうかは別として) 聴いたことについては 未だ実験関係者の中でブラックホール生成可能性を肯定的に見る人間も (手ずから情報収集して判断するところとして) 手前が話を聴いた以上にLHC実験に関わる科学者の中「にも」いそうである 」

とのこと 「も」 ある。
 同じくもの点につき表記の記事 ――[LHCの13から14のTeV領域への移行と奇怪な従前言及につき]と題しての記事―― ではきちんと書いていなかったので(当媒体が人目に付くのか、そも、下らぬことばかりに興味関心を向けがちであるとの世間一般の人間というものがLHC実験などについて率先して調べようとする性向を有しているのかとの根本的問題は置き)、補っての話をなしておくこととする (委細についてはより下の段にての枠で括っての部を参照されたい)。

 補足しておきたきことの第二 。 LHC実験については (上にて概要述べ、委細につきこれより書き記す所存であるとのこと、現況、ブラックホール生成自体を否定的に見るとの見解が強くもあるとのこともあるのだが)  ブラックホール生成可能性が問題視され、まだ、その問題性について甲論乙駁が目立ってなされていたとの初期にあっては
[ [裸の特異点]や[カー・ブラックホール]といったもの]
の生成可能性すらもが(「安全なものとして」の含みあってのこととも思えるのだが)実験に関わる物理学者らに従前問題視されてきたとのことがある。
 調べればすぐにそうしたことさえも述べられていたとのこと、確認できることではあるのだが 英文で[ Can black holes and naked singularities be detected in accelerators ]といった単語や[ Kerr Black hole,Atlas,LHC ]といった単語で検索をかければ、当の物理学者ら由来の発表資料が目に入ってくるはずである。世間一般の人間というもにそういうことを自分自身の頭で調べるとの特性が伴っているのか、そして、その意味を自分の頭で判断するだけの[自由意思に依拠した能力]が伴っているかは置き、である)、 では、[裸の特異点]や[カー・ブラックホール]とは一体全体、どういうものであると理解されているものなのか、(筆者なぞは「かなり前から」煮詰めていたとのことだが、そして、そうした認識に基づき当媒体での限界領域に接合しての申しようの方向性を定めていたことなのだが)、それについて、[裸の特異点]や[カー・ブラックホール]の特性にまつわる補足となる話もなしておくこととする(委細についてはさらに下の段にての枠で括っての部を参照されたい)。

 補足しておきたきことの第三 。 当記事がそれを補足対象とするものであると述べたところの冒頭にて掲題の記事 ――[LHCの13から14のTeV領域への移行と奇怪な従前言及につき]との記事―― では [文献的事実] の問題 (狂った人間ないし際立って愚かな人間というものは[事実]そのものを無視しがちであることを承知の上で書くが、[文献的事実] とは [はきとそうであると示せる出典にてはきとそのとおりに記されているとの事実] のことを指す) として1970年代前半の文物からして往時の加速器より今日の加速器に200倍も近い兆単位電子ボルト加速器にてのブラックホール生成が臭わされていたとのことがあるとの指摘をなしている。そして、同じくもの表記の記事では、そのこと、
[兆単位電子ボルト加速器にてのブラックホール生成が(隠喩的に)70年代前半から前言されているとのこと]
がいかに奇怪なことなのかを訴求をなしている。
 その訴求のやりよう、プランク・エナジー ( [エネルギーの比較] の問題としてよくも知られているところとしてプランク・・エネルギーとは兆単位の電子ボルトがナノジュール単位のエネルギー規模にすぎないのに対してギガジュール単位のエネルギーとなる) というものを引き合いに出しての訴求のやりように非事情通の誤解を招くかもしれぬと思うところがあったので、その点についての補足も当記事でなしておくこととする(委細については下の段を参照されたい)。

 補足しておきたきことの第四。 他より質問されたことにも関わるところとして実験の予定についての補足をなしておく。


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2015年03月01日|正統派の欺瞞を糺す

LHCの13から14のTeV領域への移行と奇怪な従前言及につき

 冒頭より述べるが、

近日中に2年間に渡って休止を見ていたLHC実験  ――後述するように現時はそうした物言いが(「実験結果に基づき」との文脈にて)下火になったものの2008年の実験開始に遡ること8年以上前の世紀の変わり目から極微ブラックホールの生成が問題視されてきた加速器実験――  が再開するとされ、の折は、従前より二倍近くのエネルギー規模の上昇 (8兆電子ボルトこと8TeVから13TeV領域への上昇なので正確には1.625倍の上昇) を短期目標にしての再始動となるとされている
 より具体的には 「2015年3月に」 実験再開にての初動的運転がはじまり、「2015年5月までに」 本格的再衝突が実施されるに至り、そして、「年度内に」13TeVの領域(14TeVとのLHC最大出力には達していない)に突入する予定であると明示されるに至っている

とのことがある。

 上記のことの出典として

 LHCのここ今日に至るまでの出力アップロード動向にまつわる有為転変しての発表動向(年単位の延期、次いで、月単位の予定変更が見られたとの発表動向)については当ブログ上の
LHCの14TeVでの運転が危険視されるべき理由について (クリックすることで遷移)
との記事の追記部にて書きとどめてきたが、2015年1月現時点での直近のLHC実験主催者研究機関、CERNサイドの発表として [次のような予定] が明示されるに至っている (:サラリーマン記者が蝟集しての記者発表会伴ってのプレスリリースをなしているためであろう、同様のことはいくつかのマス・メディアが(馴染みの情報を左から右に流すとのやりようでながら、そして、ブラックホール問題については「何ら触れずじまい」とのやりようながら)伝えているとのことでもある)。

(直下、欧米圏商業サイトとして科学系情報を提供しているところのPhys.orgにての[ CERN's Large Hadron Collider gears up for run two ]と題された記事 ―― 二〇一四年一二月十二日( Dec 12, 2014 )付けの記事 ―― よりの引用として)

CERN announced today at the 174th session of the CERN Council that the Large Hadron Collider (LHC) is gearing up for its second three-year run. The LHC is the largest and most powerful particle accelerator in the world and the whole 27-kilometre superconducting machine is now almost cooled to its nominal operating temperature of 1.9 degrees above absolute zero. All teams are at work to get the LHC back online and the CERN Control Centre is in full swing to carry out all the requested tests before circulating proton beams again in March 2015. Run 2 of the LHC follows a 2-year technical stop that prepared the machine for running at almost double the energy of the LHC's first run.
(中略)
The goal for 2015 will be to run with two proton beams in order to produce 13 TeV collisions, an energy never achieved by any accelerator in the past.
(中略、続いてCERN所長の Rolf Heuerロルフ・ホイヤーの弁として)
"Restarting this extraordinary accelerator is far from routine. Nevertheless, I'm confident that we will be on schedule to provide collisions to the LHC experiments by May 2015".
(訳として)
「 本日、CERNカウンシル (訳注:CERN評議会;CERNの組織運営サイド.その諮問機関のSPCサイエンティフィック・ポリシー・コミティーには日本の研究者らも参与しているとの組織体) の第174回セッションにてCERNはラージ・ハドロン・コライダー(LHC)は次なる三年間運用に向けてのギア入れ状況に入っていること、発表した。 LHCは世界で最も巨大かつ最も強力な加速器であり、同・全長27キロメートルの超伝導機械は現況、絶対零度より1.9℃高めとの(超伝導磁石の冷却に適した)ごく僅かな運転時の温度にまで冷却化されている。(関与の)全チームはLHCが再び稼働させるための仕事に取りかかっており、CERNのコントロール・センターは2015年3月にて陽子ビームを再び巡回させる前にての要求テストを実施するため、フル・スイング状況にある。 LHCのRun2(第二運転)は [LHCの第一段階運転のエネルギーよりほぼ倍増させての運転の用意をなしていたとの二年間の技術的停止期間] に続くものである。
(中略)
2015年段階のゴールは13兆電子ボルト(TeV)、従前にあってのどの加速器にあっても実現されたことなきエネルギーを実現するために二つの陽子ビームでもっての運転をなすことにある。
(中略部をはさみ、伝えられたところのCERN所長ロルフ・ホイヤー由来の弁として
[このとてつもない加速器の再スタートは決して予定通りのものではない。にも関わらず、2015年5月までにLHC実験に対する再衝突を供給できるとの予定にあることに私は満足している] 」

 以上のように本年度(2015年)3月よりそこに至るとされるテストフェーズ[⇒初期的運転段階] (追記:紛らわしい記述をなしていた。 [純然たる機器テスト] と [5月の本格稼働に入る前の初期的運転段階] は申しようとして峻別すべきと事後判断、従って、[テストフェーズ]表記をなしていたところを[初期的運転段階] とここに訂正なしておくこととした) を経、5月までにはLHC実験は 再開 [⇒本格稼動] を見るとされ、(その当初の最大出力が14TeVに設定されているところを)、本年度年内に13兆電子ボルト (LHCの予定されての最大出力が14TeVとなっている中での13TeV) の運転を滞りなく実施することが [予定] (2014年年度末発表ベースでの[予定]) として掲げられるに至っている。

 といったLHC実験に関して従前、当ブログ上では (「どういうわけなのか」HTML構造に着目しての通例そうなるところだろうとのありようから見、「標準以上に際立って」衆目に触れえないようになっているとの節ある媒体ながらもの当ブログ上では) 、
[ 物事を了見狭くも見るしかないとの人間 (話など端から通じぬとの種別の類) には不穏当にも [エキセントリック] と見られかねないだけのこと ]
を書き連ねるとの側面から離れ「も」し、 唯・常識的な側面で手前がやってきたとのことそれ自体 「にも」 関わるところとして、 次のようなことを指摘していたとのことがある。

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2015年02月01日|正統派の欺瞞を糺す

アシモフ『夜来たる』そして、クラーク『都市と星』

 当ブログにあっては従前、

[アシモフの小説『夜来たる』が問題視されて然るべき理由について]

と題しての記事をものしていた。 

 同記事 ――[アシモフの小説『夜来たる』が問題視されて然るべき理由について]との従前記事―― 執筆背景にあったのは

尋常一様ならざるところ] (具体的には[「1940年代」サブカルチャー作品作中])

にあって

非常に危険なるもの] (具体的には[「1998年」まで少なくとも人間の科学では認知・認容されえてなかったところのブラックホール生成問題を支える理論的論拠およびそれによるブラックホール生成の奇怪なる先覚的言及])

が具現化を見ている、それがゆえ、[そのことをば取り上げて然るべきである] と見た人間ゆえの注意喚起の必要性認識があった (:とは述べても奇矯なるところ ――(普通人ならば『どうして1940年代の小説にあって[1998年まで科学界にて考えられていなかったとされるもの]が具現化を見ているのか.馬鹿馬鹿しい』と思うような奇矯なるところ)―― であるから、それにつき話す局面は限られているし、のような中、『殊に顧みられる素地少なきものか』とも見ているとの本ブログにて問題書き連ねても「効果ほぼ期待できぬ」との認識もあったわけだが)。

 その点について詳しくは

アシモフの小説『夜来たる』が問題視されて然るべき理由について (クリックすることで遷移)

との記事を上のリンクを辿ってご覧いただきたいものであるが、同記事、(振り返って不足部と感じたところを補いつつも) 内容まとめると直下、A.からD.に示している通りにて要点呈示できるものとなっている。


A.1941年に世に出たアイザック・アシモフの出世作にして代表作の一に数えられる『夜来たる』という小説作品がある。

 同小説は

「 [ラガシュ]と呼称される架空の惑星 ――そこにて暮らす人々は6つの太陽に照らされており、夜が一切、訪れないとの環境に慣れきっていた。従って、その惑星に住まう人々は夜、というより、暗闇そのものに免疫がまったくないとの身体構造を有しており、また、太陽が全て沈むことになる日がよもや来ることになるとも全く信じていないとのありさまだった。
 といった中、同惑星(ラガシュ)のある大学の研究者らが苦吟の末に先に導出されていた 逆二乗の法則]  (注:御調べいただければすぐにご納得・ご理解いただけようこととして[逆二乗の法則]とはかの[万有引力の法則]の別呼称である ―ある定量的な値をとる力が[その発生源から見た距離]に二乗して減衰していく、との法則をして逆二乗の法則と呼びならわすわけだが、万有引力の法則の場合、それが二つの天体の間に働く力は両者天体の質量の積を距離の二乗で「割った」値に比例するとの意味合いで逆二乗の法則ことInverse[インヴァース「逆にて」・Square[スクエア「二乗の」]・Law[ロー「法則」]となる― )  が破綻していることを発見、その理由を探ることになった。 
 しかし、小説作中の学者らはなかなか逆二乗の法則が崩れている理由が掴めなかった。 が、ある学者が作中舞台惑星(ラガッシュ)に伝わる古文献の内容 ―文明の周期的絶滅と接合する文明のやりなおしについて記述しているとの(文明の周期的絶滅の中で)失伝していなかった数少なき古文献の内容― と天文事象のすり合わせを行い、[逆二乗の法則の破綻]の背後に[不可視の天体の存在]があることを予測するに至り、また、そこにいう不可視化天体によって、[皆既日食]、全天が闇に包まれての[皆既日食]が遠からず訪れる、との帰結まで導き出すに至った。
 そして、その皆既日食が予測通りに訪れた結果、暗闇に耐性持たなかったとの架空の異星文明ラガッシュの人々は諸共、(生理的な意味での)狂乱状態に陥り、発狂しながら周囲に放火、文明世界の火の中での滅尽滅亡の状況に陥った(との形にての小説終幕とあいなった)」

との内容を有する作品である (:なお同小説を直に手にとっていただければ、お分かりいただけようこととして、短編『夜来たる』は結末に近きところで、大要、 [起こるべき災難が予知される中にあってなお、架空の惑星にてのマス・メディア(どこまでも小説執筆往時アメリカのメディアのような存在)は事態に気づいた有識者ら警告を信じようとせずに黙過・無視を決めこみ、一部の先覚者らが避難のための対処策を講じんとしているなかで[カルト宗教団体]に至っては大同団結、それら対処策を無意味・無効化させるとの挙を組織的に実行した(対処策実施が彼らの教義と一致しなかったからとのただそれだけの理由でカルトの破壊工作が実施される)との話の展開を見、結果的になるべくして作中世界の文明は破滅を見、生ある者らは悉く暗闇の中で狂乱死を遂げていったと臭わされて話が終わる] との筋立ての作品でもある ――『夜来たる』には1941年に執筆された版と1990年に別作家(アシモフと親交あったロバート・シルヴァーバーグという別作家)の手が加わって加筆・結末訂正を見たとの版の二種があるのだが、前者の内容をここでは取り立てて問題視している(奇怪な予見性との絡みで1941年という早期の執筆時期を顧慮しもして、である)。 につき、英文Wikipedia[ Nightfall (Asimov short story) ]項目の[ Plot summary ]の部にてもおよそにして[上の概略に見る内容]は確認いただけるようになっているので疑わしい ―「疑わしい」との想いが想起されても無理もなかろうこととして日本ではオンライン上に屑としか形容できない連中らが無責任なゴミをばら撒いているとの事情がある― 、だが、手っとり早くも内容確認したいとの向きはそちら内容などを確認されてみるとよいだろう(図書館などで長編ならぬ短編版の『夜来たる』を借りることでも全容を確認いただけようが、オンライン上でも既に[古典]としての位置づけにある同作については英文媒体より多くのことが確認できるようになっている)―― )。


重要なところの具体的出典として

 元となった記事ではただただ小説『夜来たる』の読解を推させていただき(といってもこのような媒体を語るに足る人間がいかほどに読んでいるのかも何ら期待できない中ながら推させていただき)、原文引用とのかたちでの仔細な出典紹介をなさずに内容確認の請願をなすに留めていたのだが、ここ当記事では上のA.の部にあって示した記事要約部、の中にあっての重要ととらえるところにつき[原文引用]とのかたちでの出典呈示をなしておくこととする(くどいが、語るに足る人間が読み手にいるのか、ということについて何ら楽観的予断を抱けぬ中ながら、そこまでする必要があるのかにも疑義があるのだが、出典呈示をなしておく)。
 すなわち、
[アシモフ小説『夜来たる』にあってはその作中、[万有引力の破綻](逆二乗の法則の破綻)が観測され、それが[不可視の天体]に起因するところとされ、後に[皆既日食]を引き起こすに至った]
との部につき手前手元にある小説Nightfall邦訳版、『夜来たる(短編版)』収録の早川書房より出されていた文庫版アシモフ短編集からの原文引用をなしておく。

[以下、根拠指し示しのため、早川書房より出されている『夜来たる』収録の文庫版アシモフ短編集p.30-p.32よりの[中略]なしつつもの原文抜粋をなす]

「ついに万有引力の法則が六つの太陽の軌道運行を正確に説明することが証明されたのだ。これは、まさしく偉大な進歩だった。 ―(中略)― さて、これからが本題だ。この十年間に、アルファのまわりを公転するラガッシュの動きを、引力の法則にしたがって計算してきたのだが、その動きは観察された軌道に一致していない。他の太陽による摂動を計算に入れても説明はつかない。法則に誤りがあるのか、それとも、なにか未知の要因がからんでいるのか ―(中略)― 天文学者たちは、なお数年のあいだ、いろいろな理論を持ち出してみたが、どれもいまひとつ迫力がなかった。そんな時、エイトンが天才的なひらめきによってカルト教を導入することを思いついたのだ。カルト教の教祖ソアー五は、問題を一気に単純化できる記録を握っていた。エイトンは新しい方向性に基づいて研究を開始した。ところで、もし、ラガッシュのようにみずからは光を発しない惑星的な天体がもうひとつあったらどうなるのか?きみにもわかるだろうが、その惑星は反射による以外発光しない。そして、それが、これまたラガッシュのように青っぽい岩石から成っているとしたら、赤味を帯びた空では、永遠に輝く太陽の光のためにその姿は、まったく見えなくなってしまうだろう ―(中略)― たとえばもし、この天体がラガッシュのまわりを、一定の距離をおいて、一定の軌道に従って、一定の質量で回っているとする。そして、その距離、軌道、質量から生じる引力が、ラガッシュを理論上の軌道から逸脱させている力とぴったり一致しているとしたら、いったい、どういうことが起きると思うかね」

 ――そうした内容が何故、極めて重要になるかについては当記事にあっての後の段にて述べるとして――  以上原文引用部によって
「今まで堅牢性が認められてきたところの[逆二乗の法則こと万有引力の法則]が予想外に破綻していることがまずもって判明、その後、といった状況にあって後付けで不可視化天体にその原因が求められている」
との小説筋立てを指し示したことになる(疑わしきにおかれては図書館で借りるなり、古本購入するなりして表記のとおりのアシモフ著作内記述があるか確認しつつ、ここでの申しように不行届きがないかにつきよくも検証されたい)。

 次いで、以上のような[不可視化天体による逆二乗の法則の破綻][皆既日食の現出]を産み出し、それが暗闇を知らぬ住人らの脳機能を破壊し文明の崩壊をもたらしたとの粗筋についての短くもの引用をなしておく。

[以下、根拠指し示しのため、早川書房より出されている早川書房の『夜来たる』を収録した文庫版アシモフ短編集p.32よりの[中略]なしつつもの原文抜粋をなす]

その天体、つまり月は必ずラガッシュからいちばん近い距離にあるから、この場合だけ日蝕が起こるということがわかったのさ。月はベータの見かけの直径の七倍になるので、日蝕はラガッシュ全体を覆い、半日以上も続く。そのためラガッシュのどこにいてもこの影響をまぬがれることはできない。こうした日蝕が二千四十九年ごとに起こるというわけだ ―(中略)― まず、日蝕だ。――これが四十五分後にはじまる――それから暗黒がいたるところを覆いかくす。そして、おそらく神秘の”星々”が現われ――ついで狂気が襲い、このサイクルが終わりを告げる

 短くもなったが、上にて小説『夜来たる』にては[不可視化天体が長期(といっても半日以上と描写される)の皆既日蝕をもたらし、それが文明世界を終わらす]との粗筋が採用されていることの出典とした。

 まとめる。ここまでになしてきた邦訳版原文抜粋にあってはそれぞれ、
[従前、その無謬性が受け入れられていたところの万人引力の法則(逆二乗の法則)の破綻が観察されだしたことへの言及がなされている] (:[ついに万有引力の法則が六つの太陽の軌道運行を正確に説明することが証明されたのだ。これは、まさしく偉大な進歩だった。 ―(中略)― さて、これからが本題だ。この十年間に、アルファのまわりを公転するラガッシュの動きを、引力の法則にしたがって計算してきたのだが、その動きは観察された軌道に一致していない。他の太陽による摂動を計算に入れても説明はつかない ・・・・・ ])
[逆二乗の法則の破綻の理由が不可視天体に求められ、それによって遠からず日蝕が発生すると予測される (:[もし、ラガッシュのようにみずからは光を発しない惑星的な天体がもうひとつあったらどうなるのか?きみにもわかるだろうが、その惑星は反射による以外発光しない。そして、それが、これまたラガッシュのように青っぽい岩石から成っているとしたら、赤味を帯びた空では、永遠に輝く太陽の光のためにその姿は、まったく見えなくなってしまうだろう ・・・・・ その天体、つまり月は必ずラガッシュからいちばん近い距離にあるから、この場合だけ日蝕が起こるということがわかったのさ。月はベータの見かけの直径の七倍になるので、日蝕はラガッシュ全体を覆い、半日以上も続く。そのためラガッシュのどこにいてもこの影響をまぬがれることはできない])
とのことが記述されている。

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2014年12月31日|「自由亡失者達を用いての計画」実在性について

フォン・ノイマンの自己複製機械とDNAを契機に語れもすること

 ここ当記事では
異言現象の如きこと
が「現実に」発生していると述べられるようになっていること、なおかつ、その発生態様が「極めて重要なこと」にも関わろうものとなっていることについて訴求したいと思う(※)。

異言現象とは

異言現象とはparanormal、[超自然的]と形容されるような領域にて取り扱われている現象である (:エンセオジェン(Entheogeon)と史的には呼びならわされていた幻覚剤を摂っているとの人間がUFOこと未確認飛行物体のようなものを見た、そういったことにまつわる現象にして[超心理学分野](pseudo-science擬似科学と看做されがちなもので多く『その評価は正しい』と思われる領域)にて好んで取り扱われる現象でもいい)。 
 要するに、[世間的に色眼鏡をかけて見られるような領域の話]であるが、その内容は以下にて示す通りのものである。

(ウィキペディア(論文などではそこよりの引用をなすと冷笑を買うとの媒体ながら誰でもすぐさま内容確認ができるとのメリットはある媒体)の現行記述 ―これより異動を見る可能性はある― を抜粋するとして)

[和文ウィキペディア[異現現象]項目よりの冒頭紹介部よりの原文引用として]
異言(いげん)は、グロソラリア (注:文字化けのため、希語(ギリシャ語)表記の部は割愛する) あるいはゼノグロッシア/ゼノグロッシーの訳語で、いずれも、学んだことのない外国語もしくは意味不明の複雑な言語を操ることができる超自然的な言語知識、およびその現象を指す(以下略)

 上の通り異言現象とは ―その信憑性や作用要因の問題はこの段階では触れないも― 
学んでもいない言語を人間が突発的にしゃべりだす現象
のことを指す。

※尚、英文Wikipedia[Xenoglossy]にては同現象に対する一般の理解に関わるところとして、
The existence of xenoglossy is not generally accepted by linguists and psychologists (Samarin 1976,Thomason 1984,1987,1996). However, psychiatrist and paranormal researcher Ian Stevenson documented several cases that he considered authentic (Steveneson,2001).
「(訳として)異言の存在は一般的に言語学者らおよび心理学者らに認容されているものではない(サマリン1976年の申しよう、トマソン1984年及び1987年の申しようとして)。しかしながら、精神科医にして超常的なるものの研究家たるイアン・スティーブンソンは彼が真にそうたると考える幾例かを文書にてまとめている(スティーブンソン2001年の申しようとして)」
と書かれている。
 以上によって異言現象というものがどういったものと受け取られがちなものなのか、ご理解いただけたのではないか、と思う。

(※抜粋なした英文ウィキペディア[Xenoglossy]項目内容より[nonsense極まりないとも受け取れるようなもの]であると考えている向きもあるだろう。 [心理学者]などという「似非科学領域の存在」と多くの理系の人間に軽侮される人種がそれ(異言現象)を認めて「いない」とのことがさも重要であるように記載されている程度のもの、、また、心理学分野の領域の人間の[おともだち]にしてこれまた医者の世界で軽侮される傾向があるとの精神科医 (ただし上のウィキペディア抜粋部に見るイアン・スティーンブンソンについては生化学の研究者との顔も持っているようではある)の物言いがそれとは反対に[異言]の実在論拠とされているがゆえに、[領域探索者からしてナンセンスとなっていること] を取り上げていると思われる方もいることか、とは思う。 だが、ここでは、とりあえずも、[異言]というものが一般にどういう理解でもって[常識]の世界で取り上げられる傾向があるものなのか、ご理解いただければそれで十分か、との認識での引用をなしたこと、ご理解いただきたい (:「心理学や精神医学が成否の論拠とされるようなものでは真っ当な話として取り上げられているものであるとは言い難い」といった申しようをなしたが、その言いようからして「この者、偏見先行のきらいあり」との誤解を招きかねないか、とも思ったため(殊に筆者を好かぬとの人間らはそうも強くも反駁するところかと思う)、補足をなしておく。 につき、(ある程度以上の水準を有した人間には常識となっていることだとは思うのだが)、共通理解の基盤がない場合を想定して述べれば、[心理学]は日本の大学では「文学部」「教育学部」関連の領域にて「伝授」されているとのもので(嘘であろう?と思おうと実際にそうである)、その手法も「お世辞にも」というより「到底」科学的とは言えないものである(:についてはフロイトが[学問]としての土壌を造っていたとも仄聞するところの精神医学のありようにも通底する。ドイツのロルフ・デーゲンという物書きがいまだに一部精神科医らが人の内面の問題を忖度するのに役立てているとのことであるフロイトやユング療法やその他心理療法の虚偽につき『フロイト先生のウソ』(邦訳版は文集文庫刊)という本を書いてヒットを飛ばしていたところから見るにおそらくドイツなどでもそうした状況に異動はない)。 などと申し述べても、それでも人によっては「偏見先行の云いようであろう」との見立てを引っ込めることはないか、とも思う。 だからさらに書くが、私は心理学というものがどういうものなのか、大学時代、直に覗いて見てみたことがあるとの人間である。 経済学(これも一部経済学者が自ら認めるように半ばインチキのような[学問]である)を専攻した人間としてながら、大学時代、興味本位に受講した[一般教養]科目としての心理学の講義の場。 その場にては認知行動が重視されるとの講義が展開されていたのだが、お世辞にも科学的とも建設的ともとれぬ話が展開されているのを身をもって思い知らされ、『どうしてこんなことを「まじめに」取り上げているのか』と ―「実に未熟」であった大学生の折柄からして― 心底、疑義を覚えさせることになったとのことが実体験としてあるのである(それに通底する体験談をオンライン上にて述べている他の人間も当然にいるようではある。試みに[心理学][文系][似非科学]と看做す風潮につき探って見られるのもよかろう)。 また、 ―くどくも話を続ければ― 現行、一部心理学者や精神科医が臨床的な根拠としている薬学上の問題も虚偽に塗れ、米国ではそのために精神と(あるいは魂の機序を、かもしれない)冒す[覚醒剤と同質のもの]が多くの人間の反対の言をものともせずに学童に対して大量に合法的に配られているとの状況にある(米国にあっての[リタリン]という薬物を巡る状況につき調べてみればいい)。 さらに述べれば、自由の砦なぞと表される米国から翻って見てのかつての悪の帝国、全体主義国家ソ連 ――人間の善性に申し分なき期待がなさねば悪魔的統制国家が生まれる可能性も危惧して然るべき共産主義、その信徒たちによって打ち立てられ、そして多くの人間を圧政で殺してきたとの国家―― では体制に都合が悪い人間らを大量に[狂人]に仕立て上げ、片端から顛狂院(てんきょういん)に幽閉してきたとの歴史経緯があることは一部にて知られている(ディストピア・ソ連では有名なところとしてルイセンコ論争というものが行われ、後天的ラマルク主義と総称される観点、生物の後天的形質変化を支持するとの観点に依拠しての誤謬に基づき全く実りない農業開発がなされた経緯があるのだが、多くの餓死者を出したとのそのやりように反対した生物学者などが(有名所として)狂人として精神病院に[追放]されたことが伝わっている。また、佐藤勝のような常識的[論客]、元ロシア問題外務省エキスパートとの触れ込みで目立つところに立っているとの常識的[論客]によってすら(いちいち取り上げる値打ちもないことか、と思うのだが)[全体主義にとって都合の悪い者はすべて狂人である]との論理の下での精神医学の[活用]がソ連にてなされていたこと、部分的に指摘されていたように思う)。 以上、閑話休題)  )

 直近の補足部にて非本質的なることを延々長々と書いてしまったきらいもある中、話を引き戻し、
[学んでもいない言語を人間が突発的にしゃべりだす現象]
とされている現象(上にて既述の現象)たる[異言]に類する現象が
たかが心理学者風情の話柄にとどめておくべきではなきところとして「現実に」発生していること、しかも、それが重要な問題と関わるところでも発生していうること
を訴求しようとの記事の内容に入る。

 さて、当ブログの直前記事、
自己増殖オートマトン、ナノ・マシン、そして、ワームホールへ (クリックすることで遷移)
と題しての記事にて筆者は次のような引用をなしている。

Who Got Einsteins office? Eccentricity and Genius at the Institute for Advanced Study邦題『天才たちの奇妙な楽園 アインシュタインの奇妙な部屋』(上巻)にあってのp.256-p.257、自己複製機械作用理論にまつわる記述部よりの引用として

「さて肝腎の自己複製の過程だが、フォン・ノイマンによると、まず二個の特製「梁」が部品の海の中を漂っているとこ ろをまず想像してもらいたい。一方ロボットもまたその海の中をプカプカ浮かんでいるわけだが、ロボットはさっそくこれをとって組み合わせる。こうしてある 計画にしたがってこの過程を繰り返すうち、ただの部品のよせ集めだったものにだんだん骨格ができあがってくる。
(中略)
その記号としてフォン・ノイマンはアラン・チューリングが考えだした方法を使った。
(中略)
彼は周囲の海に浮かぶ梁から、その二進法の「テープ」を作りだす方法まで考えだしたのだ。つまりロボットは梁を何本か拾って、鋸の歯みたいな連鎖型 /\/\/\/\/\になるまでつなぎ合わせていく。そしてその各交差点に梁を縦にさしこめばこれが1ということになり、何も入れず空けておけばこれは0 を意味することになる。だからたとえば記号の010011は /\/|\/\/\/|\/|\で表わすことができるわけだ。  こうしていったん、ある物体の構造を青写真的に記号化してしまいさえすれば、ロボットがその記号どおりの物体を複製するのはわけもないことだ。つまりそ の二進法の記号から青写真を読みとり、まわりの部分の海の中から要素を選んで青写真のとおりにつなぎ合わせればそれでよいのだ」

 先の記事にてなした引用表記を繰り返しての上はそれだけ読んだとの一般の向きには、[コンピューターがどういったものでそれがどうわれわれの生活に影響を与えてきたかにつき知識を有されて「いない」との一般の向き]には意味不明なものとなろうとのものである。 そうしたことは百も承知といった性質のことにまつわる同引用部であるが、(当記事ではなく) 元となった記事にて上のような文章を引いていたとのそのそもそもの[意図]は、―細かくは上の引用部紹介の直前部にてリンクを貼っているとの記事内容を(批判的視座にて、でも)きちんと検証いただきたいところなのだが― 

[自己複製オートマトンの理論( Theory of Self Reproducing Automata )に依拠しての自己複製機械]

とのものに注意を向け(引用部は自己複製オートマトンの作用機序を端的にまとめての部となる)、そのうえで、

「自己複製オートマトンのようなものがどうして[伝説上のトロイアの攻略に用いられた木製の馬の質的同質物]となりうるのか、そして、そのことがどうして「現実問題として」我々の生き死にの問題に接合しているとの申しようがなせるのか」

とのことにつき伝えたかったとのところにあった (ただ、繰り返すが、それは当記事ではなく当記事「直前」記事の引用意図の話である)。

 さて、ここで従前記事よりのそうした特定パートの再引用 ―情報処理技術に詳しくはないとの向きには何を述べているのか「それだけでは」おそらく理解など望むべくもないとの部の再引用― をなしたのは元となっている従前記事にあっての主張を多くそのままに繰り返そうとのため「ではない」(そうしたいならば、そのようなことをするまでもなく従前記事を読んでいただきたい、と書くだけで十分か、と思う)。

 ここ当記事では[表記引用部に関わるところ]として

[異言現象に近しきところとも言えそうな側面が文明の恩人とされている超がつくほどの大物科学者の言行録に「危険性に関わるところとして」顕在化している可能性すらある]

ことにつき述べておきたいとの観点あってゆえの再引用をなしているのである。

 そして、仮に上のような観点 ([異言現象に近しきところとも言えそうな側面が文明の恩人とされている超がつくほどの大物科学者の言行録に顕在化している可能性すらあること]) が[可能性]論として杞憂、あるいは、言いすぎのものであったとしても、

[[類似の領域]にて[異言現象に通ずるもの]が「確かに」人類の歴史にて発生しており、そのことが危険な兆候を示している]

とのことが述べられる、それがゆえに、結局は状況は芳しくはない、とのことを問題視したいとの意図が筆者にはある (:尚、上の引用部では [原子のプールとでもなろうところに漂う梁となる構造体が鋸(のこぎり)構造を形作り、その鋸構造の間に一本線が入れば、0と1の違いが生じ、によって、情報が「デジタルに」(「二進法的に」)定義され、コンピューティングの世界にての万物を決める尺度を再現できる] との自己複製機械に対する言及がなされているわけだが、 当記事ではそういったことの細かい内容を問題視しようというのではない(何なら細かい仕組みの話は放念いただいても構わない)。 問題として訴求したきは[客観的に示されるところ]として[そうした内容の歴史的な概念(自己複製オートマトンという歴史的な概念)の提唱の経緯]に対してどういう評価付けが「一般的に」なされてきたのか、また、その評価付けにも関わるところとして(誰でもわかろうところとして)何が問題になるのか、ということを筆者は問題視しているのである。あたら専門的な話をするのが本意でないこと、よくも慮りいただきたい ――などと述べても、この段階ではややこしくも響き、理解を望むべくもないとのことであるから、とにかくも、続く内容をお読みいただきたい―― )。

 以上、述べた上で、再度、引き合いとして取り上げもした従前記事引用部の再掲をなすが、

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2014年11月30日|「自由亡失者達を用いての計画」実在性について

自己増殖オートマトン、ナノ・マシン、そして、ワームホールへ

 この身は[証拠][事実]に依拠しない話を重んじない。また、そのような話は ―急いでいて、あるいは、疲労していての不調法・不手際ゆえの事実誤認をなしてしまっているケースを除いては― 基本的になさないようにしているとの人間だが、といった人間ながら、ここ当記事では意図して印象論的側面を先行させての話をなす。そのうえで、その印象論が[印象論]で終わらないとの話をなすことにする。

 以上述べたところで、「まずもって」の印象論としての話として以下の書籍内の記述を問題視する。

Who Got Einsteins office? Eccentricity and Genius at the Institute for Advanced Study (邦題) 『天才たちの奇妙な楽園 アインシュタインの奇妙な部屋』  (著者はエド・レジスというノンフィクション作家。日本での同著作版元出版社はサイエンス本などを多く手がける工作舎という会社)

(上書籍は ―実態はさておきも― 世間的に「偉人」と認識されているところの科学者ら、そして、そうした科学者らを招聘し、その研究を後押ししたプリンストン高等研究所の歴史をまとめた書籍である。 
 ここで筆者目的が
「世間的には偉大であると認知されている科学者らの事績を称揚している書籍の内容を追認・裏書する」
とのことにはないのは ―色もの的側面が人によっては目につきすぎるか、と現時苦吟しているところの― 当媒体、当記事を綴っているところの当媒体表題部などの性質より読み手にはご理解いただけるか、と思う)

 さて、表記の著作、

『天才たちの奇妙な楽園 アインシュタインの奇妙な部屋』 (上巻)

のp.248には ―法的に妥当と判断した文量にての原文抜粋をなすところとして― 次のような記載がなされている。

フォン・ノイマン式機械こそは、手許にころがっている素材からいくらでも自分のコピーを作れるロボットであり、自己増殖の万能建設機械だからだ。他の文明に飛んでいこうというなら、知能のある種族は単にフォン・ノイマン式機械の小規模な第一陣を送り込めばそれで充分だ。そうすればその機械は自分のコピーを複製しはじめ、どしどし繁殖して空間全部を占領することになるだろう

 背景知識なき向きには上が何のことを述べているか分からないことか、と思う。

 であるから最低限の解説だけをなすが、上にてフォン・ノイマン式機械と述べられているのは
[自己増殖オートマトンの理論( Theory of Self Reproducing Automata )に依拠しての自己複製機械]
と呼ばれるもののことを指す。
 同 [自己増殖オートマトンの理論( Theory of Self Reproducing Automata )に依拠しての自己複製機械] に関しては次のようなことらが述べられる。

「(Wikipedia[フォン・ノイマン]項目、[プログラム内臓方式]項目、[爆縮レンズ]項目程度にも記載されているレベルでの基本的なる話よりなすとし)、
フォン・ノイマン。 ハンガリー出身の科学者たる同男は[異星人(火星人)][悪魔の頭脳の持ち主]との仇名を付されるレベルでの天才性を発揮していた(和文ウィキペディア[フォン・ノイマン]項目に記載されているようなフォン・ノイマンの尋常一様ならざる頭の良さを示す逸話をご覧いただければ、右のように表されていた理由につきお分かりいただけるであろう ―筆者のような自由にものを考えて、自由にものを指摘するぐらいしか能がないとの人間から見れば、フォン・ノイマンにまつわる逸話、「初期型コンピューターENIACと計算勝負をして勝っていた」であるとか「電話帳の咄嗟に開いたページのナンバー総和を述べて遊んでいた」などという話は(そこに半分でも真正さが伴っているのなら)人間業とは思えないところがある― )。
 そのフォン・ノイマン、[揃ってベルリン大のアインシュタインの統計力学のゼミに参加し後の科学史にて名を残すことになった一群の若者ら]の一人にして、長じて後に偉人視されるようになったとの同大物科学者の壮年期のありようとしてノイマンはマンハッタン計画に関与、核兵器の具現化に際して多大な影響を与えた(殊に上放物型偏微分方程式の差分近似を用いてのZND理論と呼ばれる核兵器の作動機序 ―原爆の衝撃波計算に関わるところ― についての爆縮理論を構築した、爆縮レンズの開発を可能ならしめたとの意味合いでフォン・ノイマンは核兵器の具現化に多大の責を負っているとされる)だけではなく、数学・物理学・計算機科学の各分野にて甚大なる影響力を与えることになったことで知られている。(異説あるが)、今日のコンピューターの基本動作原理であるストアード・プログラム方式 (メモリ領域に据え置かれている符号化された所定の動作手順(要するにプログラム)を中央演算装置が実行するというコンピューターの動作原理) の原理の構築・流布もノイマンに負うところが大であったともされる。
 そして、そうした中でフォン・ノイマンが提唱していたのが
[自己複製する機械](:オートマタ、すなわち、[機械]が[セルフ・リプロディーシング](「自己」複製)するとの意味でのセルフ・リプロデューシング・オートマタ)
についての理論であった」

(上のように科学概念発展経緯について立志伝調で額面的解説媒体にて紹介されていることに対してより詳しくも[セルフ・リプロデューシング・オートマタ]の概念を[ユニバーサル・コンストラクタ]といった作動理論に関わるかたちで述べているところとして)

『天才たちの奇妙な楽園 アインシュタインの奇妙な部屋』(上巻)にあってのp.256-p.257、自己複製機械作用理論にまつわる記述部よりの引用として

「さて肝腎の自己複製の過程だが、フォン・ノイマンによると、まず二個の特製「梁」が部品の海の中を漂っているところをまず想像してもらいたい。一方ロボットもまたその海の中をプカプカ浮かんでいるわけだが、ロボットはさっそくこれをとって組み合わせる。こうしてある計画にしたがってこの過程を繰り返すうち、ただの部品のよせ集めだったものにだんだん骨格ができあがってくる。
(中略)
その記号としてフォン・ノイマンはアラン・チューリングが考えだした方法を使った。(中略) 彼は周囲の海に浮かぶ梁から、その二進法の「テープ」を作りだす方法まで考えだしたのだ。つまりロボットは梁を何本か拾って、鋸の歯みたいな連鎖型/\/\/\/\/\になるまでつなぎ合わせていく。そしてその各交差点に梁を縦にさしこめばこれが1ということになり、何も入れず空けておけばこれは0を意味することになる。だからたとえば記号の010011は /\/|\/\/\/|\/|\で表わすことができるわけだ。  こうしていったん、ある物体の構造を青写真的に記号化してしまいさえすれば、ロボットがその記号どおりの物体を複製するのはわけもないことだ。つまりその二進法の記号から青写真を読みとり、まわりの部分の海の中から要素を選んで青写真のとおりにつなぎ合わせればそれでよいのだ」

 上にての一般人には 「それでもよくわからぬ」 といった口上の自己複製機械の作用機序の話、その引用部にあって言及されているアラン・チューリングのチューリングテープの話は計算機工学・情報理論にとって最も基本的なところであり、その基本的概念については(経産省によって主催され当該分野の働き手に取得が推奨されている)基本情報処理技術者試験などの参考文献にも当然に必須把握情報として言及されているようなところである(要するにチューリング・テープにまつわる機序というのは多くの人間がその非人間的なまでの細分化性質・専門的性質に近寄りがたさを感じるとのIT産業を支える文明論的成果、その基幹となる部となっている)。 
 だが、ここでの話の本筋はそうしたこと、門外漢には聞く必要だにないことを延々云々するとのことには「ない」。
 当記事趣意は誰にとっても重要な話をなすことにある。
 であるから、上のような、
[ 「それでもよくわからぬも、とりあえずも、そういうものとして言及されている」との自己複製機械の作用機序 ]
の話は上にての話にてとどめておく。 同テーマには個人的に実に興味深いととらえているところ、[フォン・ノイマンの自己複製機械の理論が発展して、セル・オートマトンの理論がいかような経緯で世に出て、それが人工知能・人工生命の研究にいかような影響を与えたのか] といったこともあるのだが、それに触れても栓無きところかと考えているので、話を先に進める (:余事だが、筆者はそういったことにまつわる理論の発展経緯を鳥瞰視して扱うとの諸書籍らを読したり(あるいはセル・オートマトンの専門書を読読し、その硬直的専門性・意味不明瞭さに門外漢ゆえに嘆息させられたりし)、米国のカリスマ発明家レイ・カーツワイルのといった理論の先にある人工知能・精神の再現にまつわる和訳されじの洋書How to create a mindを紐解くといったことを半ば趣味でやったりもし、当該分野の門外漢にしては、そうしたことにまつわるそれなりの見解を持っているつもりなのだが (この世界に機械論的胡散臭さを感じ計算機工学と人工知能の進歩の可能性にまつわる勉強も何年も前からなしている) 、その見解をここで書き連ねると、時と所、そして、誰彼もかまわず意味なくも知識をひけらかすとの鼻につく衒学指向の輩かと誤解も招きもしようし ( については、つい最近封切られた映画 『トランセンデンス』 ( 機械と化した死せるジョニー・デップ演じる発明家がロボット人間らの神として君臨するとの映画 ) に出てくる機械じかけの万能存在のようなものがカルト徒輩らなど不快な隣人らが崇め敬っているらしい神 ―現人神でもいい― の実質であると仮定すればそうした話は好事家領分に留めていいものではなくなるとも思うのだが ) 、 そうした見解に踏み入ると延々と話が散逸し、また、(劣化剽窃ぐらいしか能がないとの人間以外の真っ当な人間が当媒体を読しているのかについての甘い期待さえできない中)、 際限なく時間と労力が食われることになるととらえ、なぞる程度の話のみにとどめている) 。

 さて、冒頭部にて引用をなしたところ、

『天才たちの奇妙な楽園 アインシュタインの奇妙な部屋』(上巻)p.248の、

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2014年10月29日|「自由亡失者達を用いての計画」実在性について

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